脇指 865 備後國三原住貝正近作
- Bingo no kuni Mihara ju Kai Masachika -

刃長 一尺七寸八分五厘四毛 / 54.1 cm 反り 五分六厘一毛 / 1.7 cm
元幅 31.7 mm 元重 7.1 mm
先幅 物打26.4 mm  横手位置24.2 mm 先重 物打5.9 mm  松葉先5.6 mm
目釘穴 1個 時代 室町後期
The latter period of Muromachi era
鑑定書 銃砲刀剣研究会鑑定書 登録 昭和26年6月1日 和歌山県登録
附属 ・素銅はばき
・白鞘
価格 242,000 円(税込)



備後国三原派は、備前・備中の両国に近いが、備前伝及び山城伝いずれの影響も受けず、鎌倉末期より室町末期まで一貫して大和伝を遵守しています。
従来は、正家が祖であるとされてきましたが、同工の年紀入りの作刀がいずれも南北朝期である為、最近では鎌倉末期の国分寺助国を祖とするという説が有力となっています。
三原派は、年代で大きく三つに分かれ、南北朝より以前を古三原、室町初中期を三原、室町末期を末三原と呼称しています。
また、三原派は古い時代から評価が高く、現在でも国の指定である重要文化財や重要美術品などに多くの作刀が指定されるなど、斯界で高く評価されています。
貝三原派は、末三原の中で名前に貝を冠した一派の事で、何故貝三原というのかには諸説有り、現在有力な説としては備後国御調郡高調町貝ヶ原という地名に因むという説と銘に「備後國三原住貝○○」と銘に切る事に因むという説の二説が有力で、また、一派の作の中には重要刀剣に指定されている物もあり、作風から見ても技量高き刀工群です。

本脇指の作者である正近は、名を黒田助六と称し、末三原の一派である貝三原の刀工で、室町後期の天文頃に活躍しました。

元先の幅差目立っては開かず、中切先やや延びごころ、身幅広めで重ね厚く重厚な造り込みで、地鉄は杢目がよく錬れて地沸付いて地景入り、淡く映り立ち、刃文は匂口明るく冴えた直刃で、匂口は締まり、単調な直刃に見えるも、鼠足が入り、互ノ目ごころの小湾れを交え、鋩子は直ぐに先丸く返っています。
古研ぎなれど鑑賞には支障が無く、そのままお楽しみ頂けますが、化粧直しを施して特別保存刀剣同時審査を御受審の上、大切に次代に残伝えて頂きたい作品です。


裸身重量564グラム。