脇指 789 近江大掾藤原忠廣
- Omi Daijo Fujiwara Tadahiro -

刃長 一尺六寸九分九厘強 / 51.5 cm 反り 三分四厘強 / 1.05 cm
元幅 31.8 mm 元重 7.0 mm
先幅 物打25.4 mm  横手位置22.4 mm 先重 物打5.6 mm  松葉先5.0 mm
目釘穴 1個 時代 江戸前期
The early period of Edo era
鑑定書 特別保存刀剣鑑定書 登録 昭和26年4月10日 佐賀県登録
附属 ・素銅地下貝銀着上貝金着二重はばき
・白鞘
価格 880,000 円(税込)



近江大掾忠廣は初代肥前國忠吉の子で、幼名を平作郎と称しました。彼が十九歳の時、寛永九年八月に父忠吉が六十一歳で没した為、若くして家督を継ぎましたが、既に一流刀工としての技を会得しており、一門を統率して家名を盛り立てたました。
こうして一人立ちした平作郎は、父と同じく新左衛門と名を改めて、佐賀藩工として鍋島勝茂に仕え、寛永十八年には近江大掾を受領。刀剣需要の多い時期に佐賀藩工として門弟を統率しながら数々の優れた作品を残しました。
近江大掾忠廣の知名度は高く、大業物に列位するほど斬れ味も優れ、現代に於いても人気を博す江戸前期の肥前忠吉家の名工で、事実上の二代忠吉ながらも、生涯に渡り忠吉銘は切らず、忠廣とのみ銘を切りました。
貞享三年、嫡子陸奥守忠吉(三代忠吉)の亡き後は孫の近江大掾忠吉(四代忠吉)を指導し、元禄六年五月、八十歳の高齢をもって天寿を全うしました。
作刀期間は六十有余年に及び、肥前刀の名を世に高らしめた稀代の名工です。

元先の幅差頃好く開いて切先延びごころ。地鉄はこれぞ肥前刀を学ぶ上での教科書と言わんばかりに、小板目よく練れて詰み、地沸ついて細かな地形入って精美であり、所詮小糠幅と呼ばれる由縁をまじまじと感じさせる。刃文は匂口明るく冴え、単調なる直刃に見えるも、匂口は近江大掾忠廣らしく、刃中でぷつりと切れた感の典型的な作域を見せながら、仔細に見ると小乱れを成し、細かな金筋や砂流ごころを呈し、鋩子は実に上品に直ぐに先掃き掛けごころを伴って丸く返り、棟から見る返りの留めも掟通り。
昭和26年4月と、早い次期の大名登録刀であることから、鍋島家由縁の一刀であることは想像に容易く、入念且つ二代忠廣の技量を余すこと無く発揮した名作です。

裸身重量541グラム。


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