脇指 664 近江国吉胤
- Omi no kuni Yoshitane -

刃長 一尺三寸四分四厘強 / 40.75 cm 反り 二分七厘 / 0.82 cm
元幅 31.0 mm 元重 6.2 mm
先幅 物打26.6 mm  横手位置25.5 mm 先重 物打5.2 mm  松葉位置4.3 mm
目釘穴 1個 時代 江戸末期 安政頃(1854~1859)
The last years of Edo era
鑑定書 特別保存刀剣鑑定書 登録 昭和45年10月9日 群馬県登録
附属 ・素銅地赤銅着はばき
・白鞘
価格 328,000 円(税別)



本名、堀井来助。刀銘胤吉(吉文同人)、文政4年、近江国滋賀郡石山村大字鳥居に農鍛冶であった堀井久五郎の四男として生まれました。天保8年に17歳で父と死別し、弘化元年、24歳の時に大坂に出て月山貞吉に入門。師の一字を貰って「吉文」と名乗り、嘉永4年、31歳のときに貞吉の紹介で大慶直胤に57番目の弟子として入門。翌嘉永5年2月、門を辞して故郷に帰り、安政2年、秘伝書と師の一字「胤」を受けて「胤吉」と改銘しました。
文久2年、膳所藩本多家の家老、村松静寛の支援によって同藩に仕え、その後、明治維新の廃刀令によって苦難の道を歩みますが、明治28年、75歳のとき、滋賀県社寺係笠井氏の紹介により、宮内省式部次官三宮義胤男爵に招聘され、同邸内の鍛刀所で作刀。同28年11月に宮内省御用刀匠を拝命し、現代も続く名門、堀井家の基礎を築きました。
※堀井胤吉(月山貞吉・大慶直胤門人)、 二代 堀井胤明、三代 堀井俊秀(瑞泉初代)、四代 堀井信秀、分家 堀井胤次、 現当主 堀井胤匡

この脇指は、元先の差がさほど開かず、大きく帽子が延びた強さを感じさせる造り込みで、区上で強く反りをとり、地鉄は小板目肌柾流れ、地沸付いた地鉄に、直刃調に浅く湾れと互ノ目を交えた作品で、匂口は明るく、砂流かかり、帽子は表裏共に直ぐに先掃き掛けて焼詰風となっています。

裸身重量353グラム。


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