脇指 634 長州住藤原廣太郎
- Choshu ju Fujiwara Hirotaro -

刃長 一尺九寸八厘弱 / 57.83 cm 反り 三分三厘弱 / 1.01 cm
元幅 30.6 mm 元重 6.7 mm
先幅 物打24.4 mm  横手位置21.7 mm 先重 物打5.1 mm  松葉位置4.2 mm
目釘穴 2個 時代 江戸前期寛永頃(1624~)
The early period of Edo era
鑑定書 保存刀剣鑑定書 登録 昭和62年2月26日 東京都登録
附属 ・素銅はばき
・陸軍九八式略式軍刀拵(朱石目塗時代鞘)
価格 130,000 円(税別)



廣太郎は二王派の刀工で江戸前期の寛永頃に長門国で槌を振るいました。
周防国二王派は、保延頃の清真、または清平を祖として始まると伝えていますが、確実な遺作は確認されておらず、今日では清綱を事実上の祖としています。
清綱の現存する作例では「文永二年三月 清綱」と書き下し銘のある太刀が厳島神社に存在し、次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、以後同銘は室町時代まで連綿と続いています。
周防国には東大寺などの寺領が多く存在し、二王派の作風に大和色が強いのは、大和本国との交流によるものと考えられており、二王の名の由来については諸説あるものの、周防国の仁王堂が火事に遭った時、仁王像を繋いでいた鎖を清綱の太刀で断ち切って、仁王像を救い出したことに由来するとされるものが通説となっています。

この脇指は小板目杢交じり、地景入った地鉄に、二王派が得意とする直刃を焼き上げた作品。匂口は締まり、焼刃の幅には広狭が殆ど無く、巧みな技術で直刃を焼いている。
附属の九八式略式軍刀拵は家伝の脇指を軍刀として誂え直したので、鞘は朱石目塗りの時代物の鞘に野戦用革覆が装着されています。
現状では粗めの砥石目が残された研磨にヒケが目立ちがちですが、地刃の完成度は高い一刀で、刃長からみて、短寸の刀を好む傾向にあった上士が、刀として腰に帯びたであろうものと推察される逸品。上研磨を施して頂ければ特別保存刀剣指定も狙えるかと思います。

裸身重量518グラム。  拵に納めて鞘を払った重量855グラム。


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