脇指 545 近江大掾藤原忠廣 以真鍛作之
- Omidaijo Fujiwara Tadahiro -

刃長 一尺七寸四分六厘 / 52.9 cm 反り 三分六厘 / 1.1 cm
元幅 30.4 mm 元重 7.0 mm
先幅 物打25.1 mm  横手位置22.0 mm 先重 物打5.4 mm  松葉先4.1 mm
目釘穴 2個 時代 江戸前期
The early period of Edo era
鑑定書 保存刀剣鑑定書 登録 平成16年3月8日 岡山県登録
附属 ・素銅地銀鍍金はばき
・白鞘 / 継木
・黒蝋塗鞘小サ刀拵
価格 508,000 円(税別)



近江大掾忠廣は初代肥前國忠吉の子で、幼名を平作郎と称しました。
彼が十九歳の時、寛永九年八月に父忠吉が六十一歳で没した為、若くして家督を継ぎましたが、既に一流刀工としての技を会得しており、一門を統率して家名を盛り立てたました。
こうして一人立ちした平作郎は、父と同じく新左衛門と名を改めて、佐賀藩工として鍋島勝茂に仕え、寛永十八年には近江大掾を受領。刀剣需要の多い時期に佐賀藩工として門弟を統率しながら数々の優れた作品を残しました。近江大掾忠廣の知名度は高く、大業物に列位するほど斬れ味も優れ、現代に於いても人気を博す、江戸前期の肥前忠吉家の名工で、事実上の二代忠吉ながらも、生涯に渡り忠吉銘は切らず、忠廣とのみ銘を切りました。
貞享三年、嫡子陸奥守忠吉(三代忠吉)の亡き後は孫の近江大掾忠吉(四代忠吉)を指導し、元禄六年五月、八十歳の高齢をもって天寿を全うしました。作刀期間は六十有余年に及び、肥前刀の名を世に高らしめた稀代の名工です。

この脇指は小板目肌が良く練れて地沸付き、所謂小糠肌を呈した精美な地鉄に、忠廣らしい匂口明るく冴えた直刃を焼き上げた作品で、刀剣書籍に見る「匂口が刃先へ向かって煙り込まず、ぷつりと切れた感じ。」がよく看取でき、地刃共にいかにも肥前刀らしい出来口を示す優作です。
※肥前刀には本刀のように中心が朽ちて銘文が判然としない作品を稀に経眼します。忠吉家が用いた地鉄に何かしら関係があるのやもしれません。

裸身重量547グラム。  拵に納めて鞘を払った重量806グラム。


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