刀 1292 肥前國(藤原忠廣・二代)
- Hizen no kuni (Fujiwara Tadahiro 2 Gen) -

刃長 二尺二寸七厘強 / 66.9 cm 反り 三分六厘強 / 1.12 cm
元幅 30.0 mm 元重 6.8 mm
先幅 物打23.2 mm  横手位置20.0 mm 先重 物打5.0 mm  松葉位置4.3 mm
目釘穴 3個 時代 江戸前期
The early period of Edo era
鑑定書 保存刀剣鑑定書 登録 昭和27年1月24日 山梨県登録
附属 ・素銅地金着はばき
・黒蝋塗家紋蒔絵鞘御召鐺拵
・白鞘 / 継木
価格 1,700,000 円(税込)



近江大掾忠廣は初代肥前國忠吉の子で、幼名を平作郎と称しました。彼が十九歳の時、寛永九年八月に父忠吉が六十一歳で没した為、若くして家督を継ぎましたが、既に一流刀工としての技を会得しており、一門を統率して家名を盛り立てたました。
こうして一人立ちした平作郎は、父と同じく新左衛門と名を改めて、佐賀藩工として鍋島勝茂に仕え、寛永十八年には近江大掾を受領。刀剣需要の多い時期に佐賀藩工として門弟を統率しながら数々の優れた作品を残しました。
近江大掾忠廣の知名度は高く、大業物に列位するほど斬れ味も優れ、現代に於いても人気を博す江戸前期の肥前忠吉家の名工で、事実上の二代忠吉ながらも、生涯に渡り忠吉銘は切らず、忠廣とのみ銘を切りました。
貞享三年、嫡子陸奥守忠吉(三代忠吉)の亡き後は孫の近江大掾忠吉(四代忠吉)を指導し、元禄六年五月、八十歳の高齢をもって天寿を全うしました。 作刀期間は六十有余年に及び、肥前刀の名を世に高らしめた稀代の名工です。

この刀は磨り上げられた際に忠廣の個銘は失われるも、元先の幅差程好く開き、切先延びごころの上品な姿を留めており、地鉄は小板目肌よく練れて詰み、地沸ついて精美な所謂小糠肌となっています。刃文は匂口明るく、緩やかな大湾れ調の刃取りで、刃中には足が盛んに入り、湾れ一山を細かい互ノ目または互ノ目丁字風に成し、砂流や金筋も看取できる。鋩子は表裏共に直ぐに丸く返っています。

附属の拵には西郷隆盛が維新の功績により、明治天皇から頂いたと言われる『抱き菊の葉に菊』の紋が蒔絵されており、書付や伝来を示す資料は無いものの、何かしら西郷隆盛との繋がりを匂わせています。龍虎を題材にした一作金具、特に大きく張った独特の鐺は、本拵の格式の高さを感じさせます。拵も是非特別保存刀装審査を御受審下さい。
※はばき棟の方で金着の合わせ目が割れています。

裸身重量669グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,056グラム。


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