刀 1152 無銘(手掻)
- Mumei(Tegai) -

刃長 二尺二寸一分六厘強 / 67.18 cm 反り 四分九厘強 / 1.5 cm
元幅 31.3 mm 元重 8.5 mm
先幅 物打25.4 mm  横手位置22.2 mm 先重 物打6.4 mm  松葉先4.9 mm
目釘穴 1個 時代 鎌倉後期
The latter period of Kamakura era
鑑定書 登録 平成3年7月26日 千葉県登録
附属 ・素銅地金着はばき
・白鞘
価格 1,000,000 円(税別)



手掻派は東大寺に所属した刀工集団で、東大寺西の正門、転害門の門前に居住していたことから、手掻と呼称されています。大和五派中最も規模が大きく繁栄し、且つ技量が安定している一派として知られ、手貝町、包永町などの地名を今に残しています。
手掻派の始祖は鎌倉時代中期の正応(1288)頃の包永で、名物『児手柏』(大正十二年の関東大震災で焼失)や岩崎家所蔵品の国宝、他に重要文化財6口が知られているものの、これらの指定品は磨り上げられて茎尻に二字銘が残されたものであります。
手掻派を代表する刀工としては、他に包吉、包清、包友、包利などがおり、正宗十哲の一人、兼氏(初銘包氏)も手掻派に属したといわれており、同派は南北朝期を経て室町時代まで続き、南北朝時代までの作品を『手掻』、應永以降室町時代の作品を『末手掻』と呼称し、大和五派の中で最も沸が強く、地鉄が冴えるのが特徴とされています。

この刀は大きく磨り上げられるも、今尚身幅重ね共にごりっと健全な姿を留めており、地鉄は小板目流れて柾がかり、良く練れて詰むも少しく肌立って地景入り、直ぐ映り立つ。刃文は匂口明るく冴えた直刃調で僅かに湾れ、小足入って小互ノ目を成し、刃縁は盛んに砂流がかかり、打除風の刃を交える等、古雅で趣深い出来口を示しており、帽子の焼刃も焼幅広くしっかりと残っています。
現在は逸失されていますが、手掻極めで特別貴重刀剣の認定を受けていた逸品です。是非とも特別保存刀剣同時審査を御受審頂き、お客様の手によって出世させて下さい。

裸身重量830グラム。


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