脇指 480 無銘(島田) (切付銘)肥前國矢上住和田智昭頼昂 彫之在□時年三十有八 □在昭和戊寅十三大夏八月日 伝□昌豫
- Mumei(Shimada) -

刃長 一尺一寸六分 / 35.16 cm 反り 一分七厘 / 0.50 cm
元幅 29.8 mm 元重 9.2 mm
先幅 23.9 mm 先重 6.0 mm 松葉先6.9 mm
目釘穴 2個 時代 室町後期
The latter period of Muromachi era
鑑定書 保存刀剣鑑定書 登録 昭和39年2月8日 鹿児島県登録
附属 ・素銅地銀着はばき
・白鞘
価格 326,000 円(税・送込)



室町時代中頃から、江戸時代の終りまで続いた島田鍛冶は、相州伝や備前伝を会得した義助を主流とする一門と言われています。
初代は康正年間(1455~57年)に始まり、九代で廃業しますが、復興して天明年間(1781~89年)まで続いたとされ、同派が最も得意としたものが槍であり、義助も槍作りの名人と言われました。
初代義助は島田鍛冶の祖で、今川義忠に抱えられ「義」の字を賜り、義助と名乗ると云われています。この義助を祖とする島田一派は相州小田原鍛冶と師弟関係をはじめ、技術交流も盛んに行い、駿河国の今川をはじめ、甲州の武田、相州の北条、三河国の徳川などの武将の為に鍛刀しました。
特に四代義助が作った槍「お手杵」は、黒田家(福岡県福岡市)に伝わる「日本号」(作者不詳)や、徳川家康の家臣本多平八郎忠勝が愛用した「蜻蛉切」(正真作)と共に「三大名槍」の一つに数えられました。
また、武田信玄が所持していた助宗の「おそらく造りの短刀」は有名です。

この脇指は重ねが厚く、鎬地を大きく削いだ冠落としの鋭い造り込みで、和田智昭なる彫師の手によって見事な彫刻が施されています。余程入念なる彫りのようで、長々と切り付け銘にて謂われが切られています。相州物を得意とした島田らしく、板目鍛えの地鉄には、匂口明るく冴えた互ノ目乱れが焼かれており、刃縁には砂流が随所に見られ、足入り、刃縁よく沸付くなど、同派の作風が顕著に現れた優品です。
お求め易い低価格にて御案内致しますので、是非この機会に見事な刀身彫刻が施された島田の一刀をコレクションにお加え下さい。

裸身重量334グラム。


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