脇指 371 無銘(為継)
- Mumei(Tametsugu) -

刃長 一尺八寸四分三厘 / 55.85 cm 反り 二分六厘 / 0.8 cm
元幅 32.5 mm 元重 6.2 mm
先幅 物打26.2 mm  横手位置24.0 mm 先重 物打4.9 mm  松葉位置4.6 mm
目釘穴 1個 時代 南北朝前期延文頃(1356〜)
The early period of Nanbokuchou era
鑑定書 特別保存刀剣鑑定書 登録 昭和43年10月22日 栃木県登録
附属 ・素銅地金着二重はばき
・白鞘
価格 9月30日までは消費税当店負担
650,000 円(税別)



為継は南北朝時代の延文から応安頃に活躍した刀工で、越中国の郷義弘の子と伝えられています。父である義弘は正宗十哲の筆頭に挙げられた名匠として知られる刀工ですが、早世であったため、同門の則重に師事したと伝えられています。延文二年(1357)および応安二年紀(1370)を有する『越前国藤原為継』銘の作が押形にみられ、また実在する年紀作に『濃州住藤原為継 応安六年癸丑六月日』銘の脇指があることから、同工は応安二年より同六年(1370-74)の間に、越前から美濃国不破郡(現、大垣市赤坂町)へ移住したことが窺がわれます。
美濃国は荘園制度の崩壊による豪族土岐氏の勢力拡大に伴って武器需要が増大したのを背景に、南北朝時代初期に『三郎兼氏』が大和国から多芸郡志津(現、養老郡南濃町志津)に、同じ頃『金重』は越前国より関へとそれぞれ移住して来ており、『為継』もまた『国長』・『国行』らとともに赤坂の地に来住して美濃国の刀鍛冶は隆盛期を迎えることになります。

この脇指は、元来長寸の太刀であったものを大きく磨り上げたもので、身幅広く、身幅の割りに重ねが薄い典型的な南北朝体配で、小板目肌柾流れ肌立った地鉄に、地沸つき、一際大粒の沸が地に零れ、焼刃明るく冴えて刃中よく沸づき、総体に雲棚引くかの如く砂流が顕著に見られ実に見事な出来口を誇る一刀です。

裸身重量472グラム。  ※本刀は委託品です。


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