刀 813 無銘(末手掻)
- Mumei (Sue Tegai) -

刃長 二尺1寸七分五厘 / 65.90 cm 反り 七分三厘 / 2.20 cm
元幅 28.0 mm 元重 6.9 mm
先幅 物打22.2 mm  横手位置18.0 mm 先重 物打5.1 mm  松葉位置4.6 mm
目釘穴 5個 時代 室町前期
The early period of Muromachi era
鑑定書 保存刀剣鑑定書 登録 昭和27年8月22日 東京都登録
附属 ・素銅はばき
・海軍太刀型軍刀拵
価格 650,000 円(税・送込)



大和五派の一つである手掻派は、奈良東大寺の西の正門である輾磑門(てんがいもん)の門前に住して、東大寺に従属していたことから手掻と呼称されています。大和五派の中でも最も規模が大きく、鎌倉期から室町期に渡っておおいに栄え、技量が安定していることでも著名であり、その名跡は手貝町、包永町などの地名として今なお残っています。
手掻派の始祖は鎌倉時代中期の正応(1288)頃の包永と言われ、同工の作として名高いものに、名物『児手柏』(大正十二年の関東大震災で焼失)や岩崎家所蔵品の国宝、他に重要文化財6口が知られていますが、これらの指定品は磨り上げられて茎尻に二字銘が残されたものであります。手掻派の著名刀工としては、他に包吉、包清、包友、包利などがおり、正宗十哲の一人、兼氏(初銘包氏)も手掻派に属したと言われています。
また、包氏、包友、包吉は、後に美濃に移住し「包」の字を「兼」に改め、それぞれ兼氏、兼友、兼吉、と名乗ったと言われ、長く栄えた手掻派の中でも、南北朝時代迄の作を『手掻』、室町時代の作を『末手掻』と総称し、大和五派中でもっとも沸が強く、地鉄が冴えるのが特徴とされています。

末手掻と極められたこの刀は、元先の差が開いた上品で優しい姿をしており、地鉄はよく練れて少しく肌立ち、匂口は明るく冴え、中直刃の刃縁に長い金筋が顕著に現れ、打除風の刃や食い違い風の刃が交じり、細かな砂流がかかるなど、変化に富んだ出来口です。

附属する海軍太刀型軍刀拵は、大東亜戦争終戦から七十余年が経過した今日に於いても、今尚光り輝く山吹色の金具がまぶしい程に保存状態が良く、中に納められし末手掻の古刀に相応しい逸品で。、往時の大日本帝国海軍の栄光を今に伝える名品です。

裸身重量654グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,039グラム。


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