刀 775 紀伊國康綱 以南蛮鉄作之
- Kii no kuni Yasutsuna -

刃長 二尺四寸九分八厘 / 75.63 cm 反り 四分三厘 / 1.29 cm
元幅 31.1 mm 元重 7.5 mm
先幅 物打23.0 mm  横手位置22.2 mm 先重 物打5.8 mm  松葉位置4.6 mm
目釘穴 1個 時代 江戸前期寛文頃(1661~)
The early period of Edo era
鑑定書 特別保存刀剣鑑定書 登録 平成1年9月29日 大阪府登録
附属 素銅地金鍍金はばき
白鞘
価格 大小で
2,000,000 円(税・送込)


脇指 445 紀伊國康綱
- Kii no kuni Yasutsuna -

刃長 一尺七寸八分三厘 / 54.02 cm 反り 三分七厘 / 1.11 cm
元幅 30.5 mm 元重 7.1 mm
先幅 物打24.2 mm  横手位置22.4 mm 先重 物打5.8 mm  松葉先5.3 mm
目釘穴 2個 時代 江戸前期寛文頃(1661~)
The early period of Edo era
鑑定書 保存刀剣鑑定書 登録 昭和57年2月22日 石川県登録
附属 ・素銅地金鍍金二重はばき
・白鞘
価格 大小で
2,000,000
円(税・送込)



長享元年足利義尚の六角征伐の際に、赤松政則に従軍して近江に進駐した長船鍛冶、江州蒲生助長が、戦後そのまま近江に残留し、近江蒲生郡石塔寺の近くで鍛刀したことから石塔(石堂)を名乗るようになりました。
紀州石堂派は、古作一文字の丁字刃を復活させた石堂派の土佐将監為康が、近江から紀州和歌山に移住したのが始まりです。紀州石堂の鍛冶達は、後に各々大坂や京都に移住し、僅か十年余りで消滅します。その他石堂派(京・大坂・江戸)石堂についても、移住の経緯や細かな事情については不明確な部分が多く、謎多い刀工集団と言えます。
紀伊国康綱は、紀州石堂一派を代表する刀工の一人であり、初代備中守康廣に師事し、後に大坂に出て作刀します。
作風は御家芸ともいうべき備前伝で、映りの立った鍛に、丁字乱れを得意として焼き上げます。

大刀は元先の差が開いた寛文新刀然たる体配で、小板目肌良く練れて詰み、肌立った地鉄に紀州石堂派の御家芸である匂本位の丁子刃を、匂口明るく冴え冴えと焼きあげ、刃中よく足・葉入り、賑やか且つ華やかで、師である康廣に勝るとも劣らず、紀伊國に康綱在りと言わんばかりの康綱中随一と賞しても過言ではない傑出した出来口でいずれは重要刀剣指定品を受けることでしょう。

脇指はよく練れて詰んだ地鉄に、紀州石堂派の御家芸である匂本位の丁子刃を焼いた作品。体配は身幅重ね共にしっかりと、先幅広めの力強い姿の華やかなる作品です。一部焼刃が沈んだ箇所があるのと、地鉄の鍛接面が粗い箇所があることのみ惜しまれますが、美術鑑賞用上研磨を当店にて施しましたばかりですので、紀州石堂派の地刃の冴えを存分にお楽しみ頂けます。


(大)裸身重量812グラム。 (小)裸身重量581グラム。 


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